失敗例を考慮せず、成功例にだけに着目して物事を判断している状態を指す生存者バイアス。生存者バイアスに陥ってしまうと、大きなリスクに盲目になるといった様々な弊害があります。
生存者バイアスとは、もともと認知心理学の用語であり、失敗例を考慮せず、成功例にだけに着目して物事を判断している状態を指します。
生存者バイアスはビジネスの文脈においても頻繁に見いだされます。例えば、「独立すれば収入が上がる」といった判断は、独立に成功した人の事例のみに着目した結果もたらされる間違った判断です。実際には、独立したことで収入が下がったという人も一定数存在します。しかし、成功事例はスポットが当たりやすく、失敗事例はそうではないために、「収入を上げたいなら独立したほうが良い」という思い込み(バイアス)が生まれてしまうのです。
かつてのイギリスの宰相ウィンストン・チャーチルは「歴史は勝者によって書かれる」と言い残しましたが、同様のことがビジネスシーンでも頻繁でも起きており、生存者バイアスの要因になっているのです。
では、生存者バイアスがかかっている状態とは、具体的にはどのような状態なのでしょうか。いくつかの例に即して考えてみましょう。
第二次世界大戦において、某国の空軍将校が帰還した戦闘機の損傷個所について調べ、損傷している個所を改良・補強するように部下に命令を出しました。
しかし、帰還できた飛行機は、致命的な損傷を受けなかったからこそ帰還に成功したのです。言い換えれば、本当に補強・改良しなければならないのは、失敗事例である撃ち落された飛行機の損傷個所であり、成功事例である帰還に成功した飛行の損傷個所についてどれだけ調べても、戦略的にはあまり意味がありません。
アップルを創業したスティーブ・ジョブズや、マイクロソフトを創業したビル・ゲイツ、フェイスブックを創業したマーク・ザッカーバーグ…など、GAFAMクラスの企業の創業者には大学を中退して事業を始めた人が多いことから、「起業に成功するためには大学を卒業する必要はない」と思い込む人がいます。
しかし、生存者バイアスがそこにあるのは明らかです。スタンフォード大学で博士号を取得したGoogleの創業者の一人であるラリー・ペイジのように、成功した起業家の中には、中退どころか大学院まで進学した人も少なくありません。
成功した企業の事業モデルを参考に起業しても、成功できるとは限りません。むしろ、失敗する可能性の方が高いといえるでしょう。大手企業とスタートアップ起業とでは業界におけるポジションが異なりますし、そもそも、時代の変化の中で事業モデルの転換を迫られている大企業の数は多く、そうした企業の事業モデルを参考することにはリスクが伴います。
既に成功した企業の例を調査することはもちろん重要です。しかし、より重要なのは、あくまで現在の市場の情勢や今日の人々の価値観や需要を正確にキャッチすることです。
中世ヨーロッパでは、患者の血を抜く「瀉血」が医療行為として広く行われていました。当時の医師たちは、悪い血を抜くことで病気を治すことが出来ると考えていたのですが、実際には、血を抜きすぎて体力が失い亡くなってしまった人も多くいたとされています。
しかし、病気で亡くなった人と瀉血で血を失いすぎて人を区別することは、当時は不可能でした。結果的に、もともと健康で体力のある人々が瀉血に耐え、そうした人々の生存率の高さが瀉血の有効性の証拠と混同される、という生存者バイアスに中世ヨーロッパの医師たちは陥っていたのです。
では生存者バイアスを回避するためには、どのような対策をとればいいのでしょうか。
期待値とは、「ある出来事が起こる確率×その出来事が起こると得られる数値」によって求められる値のこと。例えば、サイコロを振って偶数の目が出た時に50円を受けとれるとすると、「3/6×50円」で期待値は25円となります。
期待値を推測すれば、必然的に失敗事例にも目が行くようになります。実際のビジネスの現場では状況が常に変化するため、正確な期待値を求めるのは難しいケースがほとんどですが、大雑把にでも期待値を推進する癖を付けておくと良いでしょう。
統計学的な視点を持つことも、生存者バイアスの回避方法として有効です。成功事例の背後に失敗事例はいくつあるのかについて考え、身近な人の成功事例も鵜のみにせず、むしろその例は統計学的には特殊なケースなのではないかと考えることで、生存者バイアスに陥るのを避けることが出来ます。
一度生存者バイアスに陥ってしまうと、生存者バイアスに掛かっているという自覚を持つのは難しく、自力でそこから抜け出すのは困難です。組織開発を行うにあたって生存者バイアスを絶対に避けたいという場合や、生存者バイアスに陥っていないかどうか不安だという場合、専門家のコンサルティングを受けてみてもいいでしょう。